東京・神楽坂の閑静な住宅街にある刺繍アトリエ『Atelier N』。まず目に飛び込んできたのは刺繍糸が美しく収納されたキャビネット。大きな窓からは明るい光が差し込み、ワクワクする雰囲気が広がっています。
大学では洋画を専攻していた長澤さん。卒業後はエディトリアルデザイナーの仕事をしながら自分らしい表現を模索していたといいます。そんなとき「刺繍をきちんと習いたい」と思い、フランス刺繍作家の髙村タチヤナ氏に師事。刺繍を基礎から学ぶなかで「自分の表現方法はこれだ」と思えたそうです。
初めてのクロスステッチに挑戦するレッスン生の山崎圭子さん。ここでは初めての方でも気軽に刺繍のレッスンを受けることができます。「フランス刺繍と違ってクロスステッチは規則的で完成形がイメージしやすいのが面白いですね」と、山崎さんの静かな感動が伝わってきました。
キャビネットには、DMC、アンカー、コスモの刺繍糸が全色そろっていて、その数合計1500色! 「これでもほしい色がなかったり、中間の色がほしかったりするんですよ」。糸は絵の具のようには混ぜられないけれど、色の組み合わせやステッチの種類でバリエーションは無限に広がります。
クラシックギターをこよなく愛し、ときどき演奏することもあるという長澤さん。この日も兄弟子の岡本拓也氏が奏でるギターの音色が心地よく流れていました。
小さなカゴやカップ&ソーサーを使ったピンクッション。一口に刺繍といっても世界には多くの種類があり、アトリエにあるピンクッションだけでもさまざまな国の技法を見ることができます。
いくつかの作品を同時に進めるのが長澤さんのスタイル。同じ場所で刺し続けるのではなく、違う作品に移るときは座る場所を替えて気分転換しているそうです。
高校生のころ、美術の教科書を見て一目惚れしたというダビデ像がモチーフに。「刺繍で表情を再現するのはとてもむずかしくて、ときにはほどくこともあります」とのこと。そこには完成した作品を見るだけではわからない積み重ねがありました。
刺繍糸1本どりで乱れ刺し。ステッチを何度も重ねることで奥行きと味わい深さのある作品に。長澤さんの作品は、構成や色使いにどこかグラフィック的なセンスが溢れています。
「裏は表にはない無作為の表現が生まれて、あえて裏を作品の表にすることもあります」。裏まできれいに仕上がるのは確かな技術があってこそ。丁寧な手仕事と豊かな感性が光ります。
[過去の作品をご紹介]
さまざまなステッチで面や立体感を表現。ひと針ひと針思いを込めて刺した時間がここに詰まっています。繊細でありながら力強さが感じられる作品です。
中途半端に残ってしまった布やボタンも、無造作に縫いつけてステッチを加えれば、思いがけない出合いが生まれます。
刺繍を施すことでシンプルなハンカチが特別感のある一枚に。シロクマのハンカチはワークショップのときにサンプラーとしても使えるように刺したものだそうです。
還暦の節目に行われた「アラカン展」のための作品。小さな枕には2歳くらいのポートレート、トートバッグには帽子作家 小野口弘美さんの描いた参加メンバーの似顔絵が刺繍されています。

既製のTシャツに、長澤さんのトレードマークのメガネやシンプルなラインをステッチ。最近は「生徒さんたちも服に直接刺繍をしたいという人が多い」といいます。
「やってみたいけれど、いきなり既製服に刺繍するのはむずかしそう」と思ったら、スカートの裾にラインを刺してみてはいかがでしょうか。このひと手間できっと新しい世界が広がります。